学生→社会人
2023-03-31(noteからの移行記事)
若くないけど若い
気がつけばもう3月も最終日になりまして、2022年度が終わりを迎えます。いつもならば新たな学年となって、また学校に通う日々が始まる所です。
しかし、私はもうその循環から今回抜け出します。社会人にいよいよなるからです。
幼稚園2年、小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年。幼稚園を学生と呼ぶのかは置いといて、18年間です。こりゃ長い。
年齢も気がつけば22になり、若者ぶるのもダサい歳になってきています。大学生という肩書きで誤魔化されていた事実が、ここに来て浮き彫りになるわけです。まあ、年下に対して「若いねぇー!」なんて言うことが1番恥ずかしい事ですけどね。若者ぶるなと心の中で自分自身に対して思う事こそが、ここでは大切になってきます。
かと言って、社会人としてはまだまだ赤ちゃんですから、難しい。消費するだけでしか参画してこなかった社会にここからは能動的に関わらなければなりません。良い意味で歯車になっていかなければ。
このバランスの取り方が今は大切になってくると思っています。新たな生活に慣れることが大切なのは大前提として。
若くないけど若い。ここの隙間を埋めていく作業がこれからの数年でしょう。
大切にしたい気持ち
社会に参加していく中で私が大切だと考えるのは、全ての行動を他人の求めるものに応えるために行うような、言わば歪んだ利他の精神を持たないようにすることだと思います。
もちろん、利他的であれることは素晴らしいことですし、善行という言葉と利他性は切っても切れない関係です。
ここで言いたいのは、全ての行動の動機を自分自身の気持ちであることを忘れないようにすべきだということです。あくまで自分がそうしたいからする、なんです。人のためにしたい、そう自分が思うから利他的であるということを忘れてはいけない。
気がつけば自分の人生のハンドルを他人に任せてしまう、なんてことにならないようにするためには、必要な考え方だと思います。期待に応えることが目的になれば、自分という存在は形骸化するでしょう。
私が社会的に自律することが出来るようになるには、まだしばらく時間がかかりそうですが、せめて精神的には自律しておきたいなと思います。
趣味について
多趣味という言葉は好きじゃないんですが、無趣味という言葉よりは好きです。趣味によって生活の豊かさが大きく変わってくるはずですから、ここが無いというのはいただけない。
ただ、趣味が自己プロデュースのための道具に成り下がると、多趣味という看板を人は掲げる傾向にありますから、注意する必要があります。自分で多趣味!なんて自慢することほど恥ずかしいことは無いです。趣味が多いことを自慢する趣味。マトリョーシカですか。
私自身は自分が楽しいと思えること、興味を持てそうなものを一生探し続けていたいなと思います。結局人間突き詰められるのは自分自身のことだけでしょうし。
自分を博物館と思って
私は自分をある種の私設博物館のようなものとして捉えたいという考えがあります。それは好きなものを収集していく行為(それは知識という自分の内側への収集も含む)を振り返って思いついた考えです。
これからも私は自分の興味関心の赴くままに、色々楽しんでいきたいと思います。このnoteという場で今後も気ままにその感想を書いていくので、まあこれからもよろしくお願いします。
それでは学生の私、さようなら。
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