エッセイ

損失は追いかけてくる

こんばんは。私が夜にこの記事を書いているので、挨拶はこんばんはです。最近はよくエッセイを読んでおり、そこではそれぞれが自由に、気ままに自分の意見を書いていました。そこで私も少し肩の力を抜いて文章を書き残していこう、そう決意しました。では、早速。

損ってしたくないじゃないですか。損。もう響きから嫌です。日常を過ごす中で、できるだけこの言葉から遠ざかろう、遠ざかろうと考えて行動しています。しかし避けようとすればするほど追いかけてくるような気もします。

私は外出する時はいつも本を持ち歩いています。電車に乗っている時や、待ち時間などの所謂スキマ時間を活用したいと考えているためです。しかしここでひとつの悩み事が生まれます。果たして持っていくのは1冊だけでいいのだろうか、と。

もし読み終わってしまったら、それ以降のスキマ時間はどう埋めれば良いのか、、。時間の損失だ。絶対に絶対に避けたい。そう考えたからです。そのため、必ず2冊いつも持ち歩くことに決めたのです。良かった良かった。これで時間を有意義に使える。

しかしよくよく考えてみると、スキマ時間を、時間の損失を避けようとしているばかりに、荷物を増やすことで移動における負担を増やしているんじゃないか。これはただの損失の交換を行っているだけなんじゃないか、と。

ここで悟りました。損失はどんなに離れようとしても追いかけてきて、その総量を減少させることは出来ないと。例えば勉強はすればするほど賢くなるが、その分遊ぶ時間が失われるように(例えられてるのかは、しらん。)。要はこの損失をどのように分散させていくかが大事なのではないか、そう感じました。

1つのことに固執すれば、その分損失に偏りが生まれます。それではより失った事だけが目立ってしまい、何も得られない気分になるんじゃなかろうかと思ったわけです。そう考えた私は、明日から1冊だけ本を持ち歩こうと決意したのでした。

まあ真面目な話風に最後はまとめましたが、結局本を読まずにスマートフォンでスキマ時間を埋めてしまっている毎日です。スマホ中毒って言うのは、損以上に恐ろしいものです。この話はまたの機会にしましょう。以上です。

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